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国連神話
【2008/07/28 】   冥王星      トラックバック(0)   コメント(0)
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記事内のユーザータグ    国際政治       安全保障       戦後総括       国内政治   

 国連について考える機会は最近多い。
 9・11事件以来、アフガン戦争、イラク戦争において世界の集団安全保障を司るとされる国連が機能しなかったことを悲観し、国連無能、不要論が隆盛している。
 裏返してみれば、そこまで国連は世界の安全保障に対する責任を期待されていた、という評価にもなるわけでもある。
 国連に対する批判、非難の評価の多くが、概ね「国連神話」によるものだと考えることができる。
 概して言えば、国連対する過大評価から生まれる過大な期待からその無力感が大きくなる、ということである。
 批判の中には「United Nations」をそのまま直訳して「連合国」だと言い出す者もいるわけだが、
日本はまだ終戦する以前にも国連の雛形となるダンバートン=オークス会議における提案「国際連合憲章の原案(「一般的国際機構設立に関する提案」)」を同年12月に外務省が翻訳した際には(外務省条約局「条約集号外第十八号」)、既に「国際連合」という訳語にしているのである。
 つまり「連合国」という訳語は公式には正しくないことがこの外務文書から証明されている。

安全保障理事会ではPKO活動など多くの平和維持活動を履行してきた。下のリンク先参照
PKO活動の沿革
<下左図:PKO部隊の象徴のブルーヘルメット>
<下右図:国連カンボジア暫定統治機構 (UNTAC)活動>

UNTAC

 前述したアフガン戦争、イラク戦争などでは国連は無力だったという指摘に相反して、PKO活動では成功例は多い。
 ”これらの効果は失敗事例を凌駕するほどの効果がある”、とは言えないが、地域の安全保障に帰結したのは揺るがない事実ではないか?
 カンボジア、東ティモールなどは日本にも、より間接的に影響するだけの重要な問題で和平への道筋がついたことは国内でも評価されている。
 PKO成功例を精査すると、大国の利害が絡まない地域紛争では比較的成功が多く
”大国の利害や資源がある紛争国など”ではPKO活動が順調ではない、という評価になると思われる。

昨今、国連批判の中で無知ゆえのものが多い。
「敵国条項」
 これだけを読めば、敵国条項は法的に存在してると誤解されるが、
「1995年の国連総会において、同条項の国連憲章からの削除を求める決議が採択された」ということは、決議によってその内容が正式に否定されたわけである。
 条文として存在してることでそれが法的に有効という解釈などありえないわけである。だからこそ「死文化」したという説明が妥当なのである。効力のない条文をなぜ問題にするのだろうか?
 仮に各国の批准によって「敵国条項」が初めて無効になるという見解ならばまだ評価するべき部分があるが、それは国連に求められる問題ではない。
「国連分担金は不公平だ」
 これなどは子供のような見解である。
 分担金は通常予算分担率(2004年―2006年)は総会決議、A/RES/58/1B(2003年12月23日採択)で決められる。同時にこの決議に日本自身も関与して、反対してないである。
 不公平であるなら反対すればいいのだが、どうすれば公平な基準になるのか?それすらも提示してもいないわけである。
 自分の意にそぐわないだけで合意したものを反古にするなどは民主国家としてはありえないことである。
「日本は金ばかり出して、見返りがない」
 過去、IMF資金で新幹線整備資金を供与された過去などは見返りではないのだろうか?
 それでは、これまで国連の専門機関の情報や会合などで日本は発言権を得たり、交渉したことはまったく見返りじゃないのだろうか?

突き詰めて、国連不要論は安全保障理事会の無能さを槍玉にする。(人権委員会批判、ユネスコ批判などもあるが)
 国連は、直接的な安全保障としては「安全保障理事会」という機関が強烈な指導、命令、制裁を統制している。
 拒否権の問題は否定できない。
 しかし、国連の真の価値は安全保障理事会ではない。(実際に拒否権さえ無くなればもう少し期待できると思うのだが)
 国連にある各種の専門機関がある。詳細はこちら参照

総会      国際連合開発計画(UNDP)、国際連合児童基金(UNICEF)
         国連人権理事会(UNHRC)、国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)
安全保障理事会 軍事参謀委員会 平和維持活動・ミッション
経済社会理事会 国際労働機関(ILO) 国際連合食糧農業機関(FAO)
        国際連合教育科学文化機関(UNESCO) 世界保健機関(WHO)
信託統治理事会
国際司法裁判所
事務局     軍縮局(DDA) 平和維持活動局(DPKO)  
多くの機関が存在し、多くの役割を担っている。
これらの組織に指導、計画、企画立案、勧告に従って、日本も行政しているのであるが、それらの世界基準さえもどうでもいいのだろうか?
 国連は、世界で唯一の
「世界的規模での国際法立法機関であり、司法機能も有する機関」
「世界レベルで政治意思を表明し、世界基準のノウハウや知識、人権概念を保有する機関」である。
 グローバル化する世界の中で国連の地位は安保理一つで判断するものではない。むしろ、国連の価値は専門機関にあるわけだ。
 IAEAが行う核保有国への制裁決議、安保理への担保付け、WTOの自由貿易交渉、WHOの最新医療情報と検疫、防疫技術、ILOの労働基準策定及び世界統計、国連人権理事会の人権問題、ユネスコの人類遺産の保護、難民救助、開発計画の立案、世界銀行・・・
むしろ、これから国連専門機関の強い指導力に期待される。
 国家規模ではなくNGOレベルでも国連はその存在意義を求められている。

各国の自助を行うことで地域不安を取り除く、教育水準を高め、人権啓発をし、民主主義を肯定することで、テロリズムや暴力行為を廃し、民主的な手法による解決が図られるようになれば、安定的な国際社会が実現できる。経済的な不均衡から発生する戦争なども是正できるだろう。
そもそも、安全保障において万能なものはあるのだろうか?強大な軍事力であってもそれを維持する経済力や政治力なしにはありえない。安全保障とは相互に依存関係を深める、もしくは、相互尊重に至る教育を促すこと、平和を啓蒙すること、不均衡を是正すること・・・より広い視野で安全保障概念を捉えるべきなのである。

ぽりお 国連が「不要」であるというなら、その存在なしで政治をするシミュレーションをしてほしいものである。
国連不要論の中でどれだけ厳密にシミュレート作業をしたのだろうか?
感情論だけで冷静な判断もできない人こそ、我がままを押し通したいという意欲を持ちえるのだろうが・・・

最後に拠出金の国民一人当たりの負担率の統計を
リヒテンシュタイン 1.77ドル
ルクセンブルク   1.76ドル
日本        1.52ドル
ノルウェー     1.48ドル
デンマーク     1.39ドル
アイスランド    1.28ドル

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