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「二大政党制」に思う
【2008/08/03 】   冥王星      トラックバック(0)   コメント(0)
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二大政党システムに関しての評価には、論理的なアプローチが多くされているが、一方、現出した政体としての研究がどれだけ厳密に日本で行われてるのか、という疑問の余地がある。
 モデリングされた二大政党制というのは、いわゆる机上の空論である。
現実的な政治意思が複雑怪奇かつ魑魅魍魎であることも踏まえてみれば、理論崩れでしかないというの見地である。
 一般的に二大政党制は政権交代が行われ政治的流動性があり活力に富むものだという見解があるが、これに関しても昨今はブレがあるといえる。
 遅効性の政治政策の評価をするには、ある程度の評価スパンが必要であり、そのスパンは政策内容によっては半世紀を要するものさえある。(地方自治、都市開発、社会インフラ整備など)
 これらの遅効性政策の評価よりも、即効性政策が重んじられるのは、政治に速度を要求する現代に強く指摘されることである。
 つまり、現代の政策評価というのは、即効性あるものが注視される傾向になり、遅効性ある長期スパンの政策評価が有権者にされにくい、という評価になると思われる。
 日本の政権交代の速度は異様さがある。
 二年で首班が据え変わるようでは、遅効性ある政策立案などでできるわけもなく、即効性ある政策が評価に上るとしか言えない。
 このような前提から、まずは、政権交代の速度をまず精査して考えるべきであると思う。
 事実として言及するに、日本は政権交代が行われた経緯があるわけである。たかが50年少々の政戦後政党政治で二度も与党が変化したわけで、これを鑑みて、二大政党制だけが政権交代が可能という理論は構築しえない、ということである。日本だけではなく、諸外国も政権交代は二大政党制にならずとも実現している。多数政党による緩やかな連立政権という形態は別項に譲る。
 二大政党制はスタンダードか、という疑問に関しては、まずマイノリティであると言い切れる。
アメリカは典型的に二大政党制であるにしても、伝統あるイギリスは社会民主主義の濃い労働党を含めた3大政党で成立している。その他に二大政党制の名残もないのが現代の世界レベルの政治体制である。
 世界に数多くの国家があれど、アメリカのみが二大政党であることは理解されてはいない。日本のアメリカ追従についてはここで語るべきことではないが、アメリカスタンダードが日本にも合致しえるとは限らないことも想定すべきことである。
 アメリカが二大政党制にシフトした過程を考えると単純に新興政党が既存政党に有権者支持を得れなかった背景に、内的束縛(ヘゲモニー)を考えることが可能である。ただ、一番にいえることは、共和党、民主党とも政策において近似してる事実よりも、微細な部分では政党内一致をみないでいることが、二大政党制がブレない背景にあると思われる。つまり、共和党、民主党とも少数になる政治的意思の有権者も取り込めている、という評価である。政党として、悪く言えば、曖昧であり、良く言えば選挙に勝つためにフレキシブルという評価が妥当だと思われる。
 比較して諸外国の政党は総じて、論理を優先し、政策的ブレ、触れ幅が大きいわけではない。むしろ、統一性をもって支持と取り付ける正統的結束を魅力とした政党アピールとも言える。(もちろん、第一に政策ありきではある)
 さて、長々と二大政党制の模範としてアメリカを触れたわけだが、日本でも二大政党制時代があったことはあまり議論では触れられていない。立憲政友会、立憲民政党が該当する。この二つの政党は交代に政権を担ったと思われるが、これは交代というよりも、政友会優位で進み、空白を民政党が政権を担当したというべきものだといえる。この二大政党制の後に日本は戦中世界に突入するわけだが、二大政党制を語る人でこの話は案外避けられる傾向である。
 (著者はまだ自公連立を見ることなく亡くなった人であるが)
 純粋な二大政党が維持するシステムは、確立し、不動に近い二大政党でないと維持できないと想定する。戦略的投票行為によって、有力な第三政党であっても政権獲得できないことに、死票、という認識に至ることがある。これは自然なことだと言えるが、スタンスの問題である。日本において考察するに、自由民主党、新進党、公明党、共産党、社会党、その他、小規模政党が現状にあるが、離合集散の上、公明党、社会党、共産党という既存の左派政党と、自民党、新進党という保守枠、に収斂すると予測される。選挙制度次第であるが、この5政党が滅びる可能性は少なく、原型を残すコアな論理、支持者がいることから、推測に難くないことである。ただ、通俗的な二大政党であればいいのだが、二つの有力政党の政権争いの上で第三政党が政権運営のために、蠢動し第三政党の政治意思が露骨に反映されることも論理的にも現実的も言える。日本もその形態になるだけの要素があるわけで、二大政党制になるための試練になるかもしれない。(注釈:アメリカの二大政党制は模範的なシステムで投票行動において合理的には二大政党しか選び得ない環境が形成されると氏は論じている)
 二大政党制における利点の一つにシャドウキャビネットを指摘する人もいる。しかし、ディスクローズの進んだ国家においては、十分、対論によって審議を図ることは可能であるが、現状の日本の情報開示レベルでは政権与党の方が情報量的に優位であるのは覆らない。もっと言えば、野党は推測の域を出ない資料で対論することになる。これは政治的に突き詰める問題であっても同じことで、二大政党制ではなくこの問題は起こりうるわけだが、期待される二大政党制はその失望が大きいのは予測可能である。


 最近では二大政党制を叫ぶ人もいなくなったわけだが、一時期はかなり民主党支持者に多かったことを思い出す。
 個人的には、氏の指摘する多数政党連立政権のフレキシブルさを評価するスタンスであり、活発な議論のために政党は多くてもいいと思うわけだが、アメリカンスタンダード病に冒されている日本人には、理解できないものがあるとは思われる。 
 
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