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「国旗国歌法」に思う
【2008/08/15 】   冥王星      トラックバック(0)   コメント(1)
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記事内のユーザータグ    国内政治       定義論       民主主義考察       国内法   

 先だって述べておくが、
自分は日本の国旗を「日の丸」、国歌を「君が代」とすることに否定的でも肯定的でもない。
象徴的な存在とされるものに自分が大して感性を刺激することが無い部分では関心を抱けないし、かといって、それらが「皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱」と思えたことは一度もない(日章旗は別にしても)

 今回は、「国旗国歌法」をまず取上げ、その上で速報だが、「東京地裁」の国旗国歌強制は違法 東京地裁、賠償命令も(河北新聞より)(読売記事)(毎日記事)
の司法判断に関して、私見を述べたいと思います。

 国旗国歌法は1999年に成立した。成立経緯を立法で詳しく調査すると以下のようである。( )内は投票数比率
 参議院:投票総数237、賛成166、反対71(70;30)
 衆議院:投票総数489、賛成403、反対86(82:18)
法案の内容は簡略化して言えば、国歌を「君が代」、国旗を「日章旗」とすることのみを指摘している。

第一条 (国旗)
1:国旗は、日章旗とする。
2:日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。
第二条(国歌)
1:国歌は、君が代とする。
2:君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。


 成立過程において紛糾するような法でもないと思われる。
さて、国旗、国歌とはそもそも何なのか?という問題がある。
実は、法的には機能性は特段には存在しないのである。国際法的には国旗は海洋法に関する国際連合条約の94条において、船舶の旗国に法的な意味がある。これだけである。(あくまでも法的なものである)
国歌に関しては国際法的にはなんらかの制約が存在しているわけでもないし、この94条においても、国旗ではなく、国章であってもいいわけである。
しかし、国旗、国歌がある種の国民統合のシンボルと言われるのは、国家の歴史や慣習などによるものだと思われる。
国歌と取り扱われいるものが3つある国もある。

 平成11年6月29日、衆議院本会議での質疑での西村氏の言説を少し吟味したい

世界の国々は、国の独立を示す象徴として国旗・国歌を持っており


国家の独立を示す機能性が国旗、国家にある、という。
これに関しては大きな疑問がある。国旗、国歌がない国家がないという主張があるが、
確かに国旗、国歌がない国家は存在しない。
独立に至れない地域や都市国家などは独自に国旗国歌を設けている。
しかし、これが独立を明示するというならば、独自に国旗・国歌を設けた地域(バスク地方、台湾、チベットetc)などは例外である。
同時に、大英帝国の支配下の元、独立を帝国主義の支配下で独立を達成した傀儡国家やその亜流の国家は独立国として認められるほど、国家の体裁があると思えない。
満州国に国旗があったとして独立の象徴ではない。国旗、国歌が独立を示すというには、例外が多すぎる。
各国は、互いの国旗・国歌を尊重し合い、敬意を払っております。これは、近代国家における常識であります。

国旗、国歌を尊重する慣習がないとは言わない。
しかし、特定の国家への侮蔑、非国家主義などは非常識というほどの事態であるのだろうか?
反米、反共産主義などを象徴する意味で国旗を侮辱する行為は今の世界はまま見られる。
アメリカを槍玉にあげるのは不公平かもしれないが、
「イラク戦争当初においてフセインの銅像に星条旗を掲げる」行為が
、湾岸戦争やイラク戦争では国際社会の一員としてイラクの制裁するにも関わらず、自国の国旗を掲揚するなどの行為は、看過されている。
このような事象をみて、常識というほどの説得力があるとは思えない。もちろん、近隣アジアだけの問題ではなく、ムスリムでも欧米でもそのような行為はまま見ることを鑑みてほしい。
日の丸・君が代に反対する人は、日の丸はかつてアジア近隣諸国への侵略を進めた大日本帝国の象徴であり、君が代は天皇主権の賛歌である、いずれも平和主義と国民主権主義を基本原理とする現行憲法に違反すると言います。しかし、戦争は時代背景と政治的理由によるものであり、我が国の国旗が日の丸だから、国歌が君が代だから戦争になったわけではございません。国歌・国旗に罪はありません。

過去の政体の象徴というのは、現代の国歌の評価と同じくして、可能だと思う。日本国を象徴する存在として、日章旗が存在したことは否定できないことだろう。
しかし、戦争は時代背景と政治的理由によるものであるならば、国旗を政治的に奨励した事実関係は時代背景として評価されないといえるわけではない。
同時に政治的にも日章旗はしばしば演出でも使われていることを鑑みれば、無関係といえない。国旗、国歌に罪は存在しないというのは、当たり前であって、器物が罪を犯すはずもないわけで、言説としては不適切であろう。
しかし、国旗、国歌によって戦争が起きたわけではない、ということは事実である。
かの答弁だけを評価するのは、不足があると思えるが、このように、国旗国歌を美化する理論は空疎と言えるものが多い。

 ただ、国旗、国歌は有形物であるし、そのものは(明白に)違法性のある存在ではないわけで、器物としての国旗は財産として尊重されるべきであることも言うまでもない。
ちなみに、国旗を尊重することは刑法でも指摘されている。

第九十二条 (外国国章損壊等) 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。


条文を見てほしいのだが、外国の国旗、国章の尊重は明確に言及されているにも関わらず、日本国の国旗に関しては何ら指摘がないのが現状である。
だからといって、日本国の国旗国歌は尊重しないでもいいわけではないが、
可罰ではないことは、法的には言える。
この問題を自分は、日本国旗にも適用するべきだと思うわけだが、その機運がない。
それは、日本国の国旗を傷つける行為は明確な違法性を法的には見出せないということになるのかもしれない。(違法ではないにしても、傷つけることが器物として許されるわけではないとは認識する。)
法治的には、日本国の国旗はこの程度であるのが事実である。

日本だけではなく、世界には、国家を否定的に捉えその枠組みを自由を束縛する忌諱する存在とする思想もあるし、その思想の自由は違法がない限りは許されるものである。
その彼らの思想の自由も国旗と同じく尊重されるべきである。
何事も法で定義つけることが正しいわけではないが、
本当に国旗国歌を守るためならば、あえて法で守るべきではないだろうか?
それが法ではできない現状を知った上での、自分達の思想の押し付けであるならば、それは相手の自由を否定することになる。
 相互に思想信条を尊重することが自由の担保であるのだが、自己の常識を固定的に捉え、相手の価値観の理解に至れない、という不自由な世界になるのは、自由の退化だと思えて仕方ない。
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【2012/09/03 10:24】 | #[ 編集]
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