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「教育バウチャー」に思う
【2008/08/15 】   管理者一堂      トラックバック(0)   コメント(0)
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(冥王星著)
教育者として自分を振り返って、総裁選で議題になった教育バウチャーについて、また言いたい放題します

 バウチャー(voucher)とは、”利用券”や”引換券”を意味する英語で個人を対象とする使途制限のある社会福祉補助金の一種である。
ミルトン・フリードマン(個人的には嫌い)がレーガノミクス時代に生み出したと言える市場原理・規制緩和至上主義の自由主義のシステムという評価がある。
規制緩和の流れにおいて、立案されたバウチャー制度は自由さが売りのシステムである。
 制度的には、多少の差異があるが私学の概念のある国家では、政府が保護者に対して私立学校の授業料に充当できる一定額のバウチャーを支給することにより、私立学校選択を支援するとともに、公立学校と私立学校との間に競争原理を働かせ、公立学校改善を促そうとする制度であり、生徒を奪われたくない公立学校は自主的に教育環境を整えざるを得ないことになるという公立学校への綱紀粛正の効果を視野にいれたシステムとして期待された。
市場原理主義的な発想で競争原理を教育に持ち込むことで活性化するというのは、あながち間違いとは言えないと思う。

法的なハードルとして、政教分離の問題がある。
例えば、特定宗教系の学校へのバウチャーが投下されることは間接的に政教分離に抵触する。
同時に、私立学校にも公的財源を与えるということは、公立学校へ向けられるべき財源の希薄化を招くことになり、公立学校生徒が私立学校へ転出しても、公立学校の運営経費はそれに比例して減少しないので、公立学校に取り残された子どもの教育環境を悪化させることになるし、バウチャー制度創設・運営自体に行政経費も計上することにもなる。
導入実績にしても、バウチャー制度導入により、生徒の出席率と両親の満足度の向上は実績はあるにしても、バウチャー制度が生徒の学力到達度を改善するためのプログラムとして、決定的な決め手になる証拠はまだ示されていない。
総裁候補の谷垣氏も言及した学校の教育水準の二極化の問題も当然想定される。
基本的に「適正に応じて量的等しく」教育を受けさせるためにはすべての学校について均質レベルでの教育環境整備が求められる。
行政としては、どの学校に進んでも十分に行き届いた教育を受けられるように整備していく義務が国家の教育としては介在するはずである。
ボトムからアベレージ、トップまで踏まえた学力の向上こそ公教育であるはずではないだろうか?
競争原理を私学だけで評価すると、多くの地域の私学で学力的二極化を生んでいると思われる。
自分の地元の高校などは、明らかに私学格差が大学進学率などに如実に現れている。
 教育の効果は即効性があるものばかりではなく、遅効性のあるものがむしろ多いと思う。
人生経験の希薄な自分に説得力はないにしても、学校で学ぶことは悪いことも含めて反面教師で学びえるし、当時嫌いだった教師の言葉を今になって意味を見出せるなどのことは誰しもあると思う。
非常の自分勝手な教育評価にはなるが、
バウチャーの評価は、生徒自身、保護者に迎合することで確保できる。
危険なことに、教育的関心の低い保護者などはバウチャーの使用を子供に依存し、子供は自分に迎合する教員を選びかねないとも思える。
 教員の威厳などを指摘する世代ではないが、
いい意味でも悪い意味でも学校、教師は畏怖の対象であることに支障はないし、近年の子供の学校離れから、迎合的教員が多く見受けられることも考えると、そもそも「教育評価」の難しさを感じざるをえない。
 楽しい学校もいい、しかし、学校とは社会を垣間見る機会でもある。
厳しさの中に学ぶものがあるという思考はマゾ的なのかもしれないが、楽しい勉学は誰でもできる。苦しさに耐えることを学ぶ必要性はバウチャー制度は排斥する可能性を危惧してしまう。

ただ、不登校生徒などに自由選択の余地を残すシステムはバウチャーの利点であり、評価は可能ではあるし、公立学校への刺激の意味はある。
補足するが、クラーク国際高校が、生徒比較的迎合的な学校であります。その評判に関してはコメントはしませんが、良質とはとても言えないことだけは指摘しておきます。

(モダンタイムス著)
教育バウチャー問題は、安価な政府理論と、教育の自由競争原理の採用で考えられたものである。
しかし、私学を別にして諸外国では競争原理以外の側面の評価が重要視されている。
結果として発現する時間的な問題が山積する教育を一時的な教育評価で論じられることは、近視眼的という批判は免れない。
 

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