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「自殺する権利」を想う(改訂)
【2008/10/07 】   未分類      トラックバック(0)   コメント(0)
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「冥王星は小惑星なり」から転載・修正記事です。母体はこちら
音楽はこれでも聞いて退廃的に・・・読んでくださいw
東方紅魔郷より 「U.N.オーエンは彼女なのか?」

 「人が他人を殺す権利は存在しない。」
 例外的に正当防衛、緊急避難はあるが、それは暫定措置であり権利ではない。この程度は言うまでもなく理解されることではある。同時に「軍人」という例外もあるが、これは別のテーマであろう。

 では、自殺という行為はどうなのだろうか?
 JSミルの自由観は「他人に迷惑をかけない限りにおいて行為の自由は存在する」ことである。
ミルにおいては「自殺する自由」は認められることは困難ではあると思う。
 人は家族や同僚などの一定の対人関係を構築する。
 対人関係が一切介在しない人間は基本的には存在しないわけで、「自殺する自由」があるとは言い切れない。
 ただし、縁者もいない世捨て人においては、この自由はあるとは言える。対人関係を全て放棄して世捨て人同然になった個人は別だろう。

 「自殺する自由」はミルの自由観からすればないが、現代法では自傷行為を咎める実定法はない。あくまでも実定法はないだけで、交誼の法という意味では、自傷行為を咎める人間はいるだろう。
 問題は「自殺する権利」であって、その自由の論議ではないが、
多くの人間は、”「自殺する自由」はあるとは言い切れないという立場である”ということを感じる。
本当にこれが正しい姿勢なのだろうか?と未だに疑念が晴れない。

 では、アプローチを変えてみるのだが、「自殺をとめる権利」があるのか?という問題がある。
まず、この権利は、”自殺する”という行為の自決権、つまり自然法的な権利を否定するわけであって、100%肯定することはできない。
 自殺が「悪い」という思考回路はどうも理解しがたいものがある。
 動物はその生態系維持のために集団自殺を行うこともあり、生物の自然調整行為であるとも言える。(レミングの事例)
 そのような事実関係から人類だけ「自殺は許されない」というのは異様に思えて仕方ない。
 自殺を止めることは、”尊厳死の否定”に抵触することでもある。
 より当事者の充実した人生を模索して、尊厳死を受け入れるケースにおいては自殺を止める権利があると言えるのだろうか?
 死ぬ過程の人生において、どのようにその生命を終えるか?という自律的な問題は、他人に制約されるべきなのだろうか?
 
 日本においては自殺というものの理解は複雑になっている。
 士道において死は名誉回復に帰結するものであるのだが、その価値観は現代では亡失しているのかもしれない。宗教倫理で自殺を禁じているのだが、その理由は、自殺が逃避活動という理屈にある。
 しかし、死という選択肢は逃避であるという一面ばかりではなく、積極的側面を持ちえる。
 ”老人に死ね”というつもりはないが、現代社会で”ただ生きる”植物人間化した個人が自分に投下されるだろう財を”よく生きようとする個人”に回そうとする行為は、自己犠牲という側面・合理的資源分配という側面でもポジティブに判断されて然るべきだろう。
 まず、価値観において「命こそ一番尊いものである」という人がいる。
しかし、それは万人に通用する価値観ではないし、それを強制される謂われないはずである。
 士道を例示したが、一番尊いものは、家族や名誉であるという内心は、違法性があるわけでも公益性を否定するものではなく、ヘタすれば、公益性を多分に含まれることもある。(ちなみに、自分の命で地球の生態系が回復することが可能であるならば、自殺することはヤブサカでもない。日本のためにでは、この命は滅私できないが、世界規模なら考える)
 そもそも、「生きる権利」というものが個人に帰結するものであって、他者に制約されるわけではない。
 同時に「生きる権利」と言ってもその原点が自分の意志ではないわけである。
 自殺が逃避という批判が行われるわけであるが、
人生において逃避行動はしばしばあることであり、逃避行動を批判する当事者が逃避行動をしない人間であれば説得力もあるのだが、そうではないだろう。
 死ぬことが敗北であるというならば、必然的に訪れる死に抗うことは勝利なのか?・・・ナインであろう。
 同時に、「死にたい奴は病気」だという人もいる。
 では、最愛の人に死なれて自殺する人は病気なのか?という問題提起に回答しえないだろう。
 確かに安易に自殺することが可能であることは、社会性維持のためには避けるべきことである。
しかし、自殺することは安易ではない。その恐怖心に抗うことが出来る人は多くはない。その恐怖心に打ち勝った人間が自己の意思で人生を終えることにどれだけ労苦があったのか?そんなことは自殺批判者には考え及ばないものではないだろうか?
 似非ヒューマニズムで自殺を否定する人に聞いてみたいのだが、どれだけ自殺する人を理解した上での否定なのだろうか?
 同時に、自殺する権利はどれだけ存在しないのか?自殺を止める権利が存在するのか?
 
 未だに、自殺を肯定しきれない自分ではあるが、自殺を止める権利があるというのは、かなり限られた人間でしかないと思うし、第三者の無責任な自殺否定論はそれこそ、無為であろうと思う。
 
日本の刑法における幇助罪などに文句があるわけではない。
ただ、「自殺を止める権利の規定」は、理解ができないにしても必要な措置だと思う。
 国家という器は国民なしには成立しないように法律は構成員の相互契約の前提で存在するわけで、存在することにその前提を持ち出すことはできないから、なお更である。
 結局、自分のような自由主義者は、国家によって支配される側面を嫌うことになるのだが、これを明確に否定する論理は存在しないし、こちらの自由を強圧的に制約しない限りはこちらも抵抗はしないだけのことである。
 自由の根源の全てが国家に由来するわけではなく、フランス革命より現代まで受け継いだ自然権、自決権も法である。この感覚は現代人には希薄になっているのだが、否定するだけの論理性のある指摘は未だにみたことはない。

さて、冥王星個人として自殺未遂者との対論の機会を得ることができた。
 冥王星自身も未遂の部類であることを認めるが、
我々、未遂は自殺する感情を理解している当人ではある。
 しかし、未遂に終わったという結果論は、結局は「自殺」という結果論を残せなかったヘタレであると思う。
 つまり、未遂の我々の自殺感が
どれだけ自殺する心・意思に迫っているのか?という詰問に対しては、不信感がある。
 結局死ねなかったという未遂者で、「死なないでよかった」という感情が吐露されるが、それが正しいとは思わない。
 彼らは、自殺未遂という結果論によって新しい環境を得られたという側面がないわけではない。
つまり自殺未遂という結果論が、彼らの環境を変動させることになり、未遂という事実がない状態で、「自殺しなくてよかった」という言動ではない・・と考えることもできる。
 自殺未遂という結果論で得た「自殺しないで良かった」という感情論に過ぎない、とは言いすぎかもしれないが・・・・・

 ある自殺志願者と語らったことがあり、その人の話は簡単にいえば
自殺を否定する人間は、自殺願望を理解できるはずはない。その自殺願望は個人差があるもので、それを理解することは不可能。
そして、自殺を否定する人は、自殺することの道徳性を説くにしても、その道徳性は当人だけの人生観に基づいたものであって、自殺志願者の価値観とは相いれないものであることも考慮のない。
 価値観の違う個人の相互の自由の尊重は、お互いの価値観の相違を認めることに始まるはずだが、それをしない自殺否定論にどれだけ価値観を語られても自殺志願者の意思は揺らがないだろう。
 それは、自殺志願者が意地を張っているというよりも、否定論者が己の価値観を前提する論理を展開しているという意地を張っているから・・・・・・・・
とのことである。
冥王星は分からなくもない。
決して自殺を擁護するわけではないが、自殺する人間の意思を他人が理解できるものではない。
そして、自殺する自由は、日本の国内法にはあると解されても問題ない。
 一方、人としての法で、自殺を否定する価値観は、あくまでもエゴイズム・教条的であるという分析も可能であることを理解してほしい。
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