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再編「明治維新再考察その1」
【2008/10/15 】   冥王星      トラックバック(0)   コメント(2)
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はじめに
 本ブログでは明治維新に関する嫌疑を随所に指摘しているが、今回は幕末通史としてある程度の知識のある人向けに加工したより詳細な個人的観念論的歴史観の記述です。
政治的枠組みだけが特にクローズアップされる幕末において経済的側面についても比較的重要な部分を抵触したつもりです。
順番に読むと全10回に渡り原稿用紙にすると100枚以上になりますが、なるべく平易に書いたつもりですので、興味ある方は記事をごらんになってください。なお、現在第8回まで進んでおります。
読む前に注意しておきますが、本作は基本的に薩長倒幕派の評価が低く幕府派贔屓になっています。特に一橋慶喜の評価や幕臣の評価なども注釈がありますが、そちらに関しては他意はなく好みの問題です。
なお、本記事への質問などは自分が対応しますが、アシスタントSが日本史が自分よりできるので十分対応可能だと思いますので、一部対応させていただきます。
それは第一回から
今回のテーマは
「世界が日本を支配するというシナリオ」という問題です。


・日本の地理的国防要素と武士の変質
 日本は言うまでもなく四方を海に囲まれた天然の要害に守られた国家であった。それを例示するように過去、日本が外国から進攻を受けたことは明治まででは元寇の二回のみであると言える。
 日本から海外への進攻も数多くなく当然ながら、攻守に渡って日本の平和を構築したという地理的分析も可能である。
 それがゆえに日本の国防意識は今も昔も希薄という批判があるのは指摘するまでもないだろう。
 しかし、この要害はある種、防衛における最大の利点であることを含めて今後の防衛構想でも生きることだろう。
 もちろん、航空戦力による地平、水平障壁のの無力化は加味されるものではないが
歴史学的に考察するに、日本の国防意識は陸続きの大陸国家ほど高くないのは仕方ないにしても、まず武家社会という封建社会による地域型政治という形態で、地域防衛の必要性は意識されていたことは評価するべきだろう。
 明確に「戦国時代」のように地域ごとの闘争状態が現出したわけでもないが、静かな統治環境にしても武家社会はその封建契約を前提とした秩序維持に邁進していたという分析が可能である。
 しかし、江戸時代になると、武家社会としての武断的要素への意識が低くなるのは、たとえば、大久保彦左衛門の※「三河物語」などで抵触されているとおりのことである。
注意:大久保彦左衛門の「三河物語」は士道を語る上での戦国時代末期における重要な資料であるとともに江戸初期の世相と幕藩体制への武断家の感想文として一級の資料である。内容は、武断派だった三河譜代の家臣が疎んじられ、官僚型の文治官僚が出世する幕府を謗っているのだが、文面は武断時代の幕府を懐かしむことの必要を問わないでいる部分では、彦左衛門の政治感覚の鈍感さではなく、一流の愚痴家の文面と評価できる。注意するべきは、これが単なる個人の愚痴ではなく、“士道とは”という立脚点における見解が並んでいることにある。朱子学が江戸末期になると隆盛するのだが、いわゆる典型的封建時代の武士の生き様の「一所懸命」と安定的文治政治時代の文治官僚の生き様の「一生懸命」の差異に留意して読んでほしい

 ここで指摘するのは、江戸時代が文治政治として本来あるべき封建社会における明確な土地への執着からその生産物である「米」そして、貨幣への価値の偏向が起きていることに問題がある。
 俸禄として付与されるものは米ではなく、石という土地であることは封建社会であると言えるのだが、江戸時代などではより旗本、御家人は領地経営を積極的に行うことはなく、徴税権も事実上商人に委任しているようなものである。これは鎌倉、室町幕府の武家では見られない部分であり、当時の武家ではありえない武士の肖像である。
 封建領主としての領土支配の方法があまりにも官僚主義になったというのが簡単な見方だろう。

 案外触れられていないのが、江戸時代の旗本、御家人は封土を直接経営することは稀である。江戸屋敷にいるのがほとんどで幕府より役回りがある以上は、幕府に詰めるのは仕方ないにしても、封建社会の領主としてはいささか姿がない存在である。
 徴税権を商人が委任されていたという評価をしているが、これは実際は地方の組合、寄り合い制度に依存した徴税システムが多いという評価が妥当である。いわゆる庄屋などの村三役がより地方統治に大きな影響力を持っていたというのが天領や旗本、御家人の封土の現況である。
 さて、このような状況では武士が土地、封土への執着が強くなる土壌は少なくなるのは言うまでもないだろう。
 「文治官僚が出世する世の中はある種、ゴマすりの旨い奴が出世する世の中」だと大久保彦左衛門が評しているが、過去の武家社会の武士肖像からすれば、その評価は誇張ではない。現代社会もそういう世界である。
 そういう部分の根っこは維新によっても変化していないことは皮肉な事実である。
 今回は朱子学が官学になってからの武家社会の変容過程は儒教的分析が重要なのだが割愛する。簡単に評するならこうなる
朱子学以前の武士の肖像は
「領土経営に勤しむ領土経営責任者、領土防衛責任者」
それが朱子学によって
「君主に懸命に仕える中央集権官僚・忠誠の価値を第一義にする片務的契約関係者」
と変質する。

 個人として、これを、士道、武士道への変化だと認識しているのだが、今回は明治時代考察なので別項に譲りたい。

・外洋船舶技術の差異
 諸外国の外洋船舶技術に関してなのだが、まずはその変化について
蒸気機関による蒸気機関外洋船が生まれる(1807)
鉄工法の造船技術が生まれ(1821)
スクリューによる船の駆動も実用化される。(1843)

上記の三点の技術革新は重要な外洋船舶技術の飛躍になる。
蒸気機関によって動力が確保され、鉄によって飛躍的に船の強度があがり激しい外洋の時化(しけ)にも対応できるようになる。スクリューの実用化はより効率のよい駆動力を提供する動力伝達手段となったわけである。
比較して当時の日本の船舶に関してだが、和船という形状が多い。
イメージとしては、横幅が広い日本の船に比較して、スマートなのが西洋船舶というものが妥当である。
一見してスマートな西洋船舶は安定性にかけると思われるが、波のネジレ応力に耐えるのは不向きであったためにバラバラに破壊される傾向にあった。
西洋船舶は船底に敷居を設けることで侵水時の被害を敷居毎で抑えることになったことも船の生存率を飛躍的に変えたと言える。
 日本の船舶技術は鎖国によって諸外国に大きく遅れたことは言うまでもないが、これは技術的な側面もあるが、幕府政治が船舶の大きさなどの規制があったことが大きな要因であろう。
 商船などは日本でも存在し、日本の近海を奔走していたわけだが、それに関しても幕府の強い統制化にあったことは言うまでもないだろう。
 ここで船舶の技術的差異は幕府の責任に帰しているのだが、幕末になると幕府は国防力を高めるために、オランダなどの諸外国から積極的に技術導入を図ることになる。
 小栗忠順などの幕臣が国産化への橋渡しをしたことは、今日の日本の造船技術、造船設備の歴史において多大な功績があるということを指摘しておく
(本ブログ内でも指摘しているのだが、戊辰戦役当時の海軍力では幕府側が優勢であった。戦術的な分析論は大村益次郎が指摘しているのだが、決して、新政府軍に勝てないほど、圧倒的劣勢ではなかったことに留意してほしい。紙一重という評価は妥当とはいえないが、挽回が容易であったことは多くの識者も認める部分であり、”薩長の圧勝”、というのは是正するべき歴史観であろう

・エネルギー革命・通商・市場を求めて
 産業革命によって石炭が重要な原動力になったことは多くの人が理解していることである。
 しかし、鯨油が家庭専用の照明や機械の潤滑油に活用されていたことは、日本の捕鯨基地としての意味をもたらしたのである。
 ここであえて、注意喚起しておくが、実は列強の多くが鯨油を求めていたわけではない。鯨油を必要としていたのはアメリカである。
 他の列強は、それらの需要を代替資源を市場として植民地に保有していたと認識するのだが正しい。”なつめ椰子”などは潤滑油にも活用できる資源であり、かの奴隷海岸やインドネシアなどが重要な生産地として植民地として収奪されていったのである。
 列強にとっては、植民地市場として開港と市場開放に必要な通商と有利な貿易体制を構築するための、関税権利の剥奪というものが必要だったことは言うまでもない。ここにアメリカは捕鯨基地としての重要性があったというのが、アメリカが開港に熱心だった背景がある。
 欧州列強の当時の概況を分析する必要がある。イギリス、ロシアはクリミア戦争を始め、オスマントルコにかかわる問題でこの時期は戦火が激しい時期であり、イギリス・フランスは中国での利権争いで一触即発の状況である。このような状況で日本に開港を要求していたということである。
 比較的幕末の歴史を語る識者は当時の世界情勢に対する見地が低い。
 特に、英仏の植民地政策の基本路線・アメリカの状況についての見解は浅慮というものが多い。
冥王星個人からいえば、アメリカ・ロシア以外は日本を直接的に植民地経営するメリットがないし、そのための財力さえない。
 例外であるアメリカ・ロシアの当時の実力を考えれば、英仏との関係性を含めて日本への侵攻というものは非常にリスキーである。
 反論する中で、薩長が列強と戦争したという事実を提示する人はいるが、戦争と戦争後の支配では戦力の投下の仕方から違うことを忘れていると看破できよう。

・列強が日本を侵略するというシナリオの現実性
 上記で列強の当時の概況を説明しているのだが、まず
「この時期での本格的日本への侵攻が可能だったのか?」という部分では非常に幕府も危機感があって然るべきであるのは言うまでもない。
 しかし、現実に”諸外国が圧倒的な技術力で日本を蹂躙できたのか?”という分析がされていない。
 幕末明治維新論において、可及的速やかな改革を喧伝していた薩長側の浅慮さを提示できる関連情報である「列強の余力」という問題は、なぜか歴史家から詳細に語られることはない。
 それは、幕末通史の歴史家の多くが、列強の実力に関する知識・情報を欠いていることにある。
 逆に言えば、幕末人物史の影響から列強を観察しているに過ぎないという歴史家が多いことも重大な問題点であろう。

 特に中国のアヘン戦争の分析などは、どの歴史家も詳細の分析を行うことなく、イギリスの余力を喧伝している。
 「支配するためのパワーと侵略するためのパワーのどちらが膨大なのか?」
という問題提起は、大東亜戦争の中国支配で理解されるべき問題であるのに、そこまでの反省のない幕末論が罷り通っているから、幕末史は危険極まりない、と言えるだろう。
 確かに、西洋列強の船舶の強さは否定できない。
しかし、その数は非常に少ないし、カバーできる海域も狭い。
もちろん質的な部分では列強船舶が圧倒するだろうが、広い海域を全面的にカバーするほどの技術的優位性があったとは言いがたい。
イギリスの植民地支配の方策は海上支配である。制海権をもってして統治支配の暴力を補完するものであり、当時の船舶の火力は、機動性の高い小型船舶のゲリラ作戦によって制約できることはインドや中国の抵抗運動でも明白である。
 日本という島国の地形は、外洋船舶の航行の制約性を効果的に生かせる地形であった。
 幕末当時の列強危機というのは、ヒステリックな部分が多いと言える。
 それは、列強戦力の全体像だけを見て「戦略的に勝てない」という決め付けに至った。その決め付けは日本的な防衛方法という日本独特の防衛思想の存在を忘却させるほどのインパクトがあったのだろうが、幕末志士は思想的過ぎたのだろう。
 大村益次郎の言説を追っている歴史家も認めたことだが、大村は列強進攻を恐れていなかった。少なくともそれを想定した説話がない。
 通信技術の限界射程の問題と高速移動の可能になった現代兵器では想定できないだろうが、この時代では戦線をカバーリングできる後方射程は限定される。
 ここに指摘することは、いわゆる日本が列強の兵站を絶つことが十分可能だったことを想定している話である。
 次に日本の地形的な要因が挙げられる、平地が少なく山がちな地形の日本は決して大陸型兵器の運用に適した地形ではない。
 日本海側、太平洋側と二面的に戦術的展開が可能な状況ではないと戦地運営に支障があることもいうまでもないし、兵站問題が控えている。つまり、大陸型兵器としての活用の限界が日本の地形にあるということである。
 日本の海岸線は砂浜が少なく海岸線と遠浅の海が広がり、揚陸作戦が困難な場所が多い。
 単純に海に囲まれているだけではなく、海岸線の地形的特徴を考えれば、大規模な陸上兵器の投下が難しいなど、日本が列強に侵略される可能性など極めて根拠のない悲観的分析である。
 このような分析は実は、薩長統幕派の喧伝というのが冥王星の見解である。
 さて、ここに記した防衛的見解には、沖縄と北海道は含まれていないことは予め指摘しておく。
 当時の幕末志士の世界観に北海道・沖縄は存在しないのであり、現代の「日本」とは違うのである。
 日本が外国に蹂躙されないと言える最大の根拠は港の構造がある。
 盲点というべきか、理解されていないのだが、当時の西洋船舶が寄港できるような大型の良港は神戸、横浜以外にはないのである。
 港の深さなどの問題は海運関係者などでは現代でも懸案になるものだが、当時の日本の近海商船は背が低いものが多かったことが幸いしている。甲板が高い位置にある西洋外洋船舶から荷物を降ろすのには、大型兵器は分解する必要もあるなど障害が多いのである。
 以上が
 幕末において、列強が日本を蹂躙する可能性を否定する論拠である。
 多くの方に認識してほしいのだが、幕末当時は確かに国防において、問題が山積し幕府に解決能力がなかったことは否定できないのだが、ハード的に列強が日本を蹂躙するだけの状況も環境もできていないという分析も可能なのである。
 実際、維新において非常に高い見識を見せている人の中で日本が列強に蹂躙される可能性を現実視してる人は少ない。

・市場としての日本の魅力
 政治的な側面から日本が列強の実質的支配を回避するだろう根拠を明示しておきたい。
 それは植民地市場としての人口と商品流通の問題である。
日本は当時、アジア地域の最大とも言える人口を保有していた国家である。
幕府の支配下の元、商人が商品を流動させていた部分では、その幕府を抑えることで商品の流通が統制できると思うのはそれほど浅はかではないだろう。
 江戸、大阪などではいわゆる御用商人など筆頭として、資本カルテルのような商人が商品流動と価値を統制していた。
 彼らを列強が暴力を恫喝するのは想定できるのだが、彼らの協力なしに商品を流動させることは不可能に近いと言える。
 それは日本の現状の卸売り、中卸などの存在などが示すように消費傾向を小売以外の段階で注視してる業態があることから容易にに想像できるだろう。
 つまり列強が商品を流通させたくても、結局は有力商人が自分の身を削って流通させるわけではないことからもある程度のレベルで収まるだろうということが想像可能なのである。
 それに江戸時代は決して、西洋社会のような大量消費、大量生産の世界ではなく、優れたエコロジカルな経済体制であることは近年評価が著しいことである。このような消費、流通状況を考えると決して、市場が列強の生産物を嬉々として需要したとは言えないだろう。
 このことも当然、列強も分析できることであるし、もし市場進出しても結局は、尻切れトンボになるという論拠である。
 ちなみに、日本で外資系スーパーが隆盛しないのは、流通における消費傾向を外資は的確に捉えられていない証拠だと個人として認識している。(「といざらす」を成功例にあげる人がいるが、現在では本社は資本撤収している)
 西洋式の生活文化への理解の問題がある。日本が急速に西洋化した背景には、明治政府の病理的とも言うべき西洋化政策である評価もあることは言うまでもない。
 列強が幕府側にそのような政策を強いる可能性はあるにしても江戸時代の現状においてより権力者が西洋的な商品を需要するというのは困難である。事実、開港後、日本では西洋式の文化が少しづつ進攻してゆくが、その需要は非常に限定されたものであることは、鹿鳴館への皮肉歌などからも想像できるだろう。
そして一番致命的なのは、日本が市場としては一方的消費基地にしかなりえないという最大の市場の弱点が挙げられる。
 中国などの列強の植民地は概ねマニファクチャリング業態の原材料提供拠点としての重要性を消費市場としての両面の価値があった。しかし、日本はそれらの原材料の生産拠点としての可能性が期待できないのである。
 これは単純に日本の気候風土の問題もあるが、水田という稲作に特化した耕作地事情も加味して評価するべきものがある。他の植民地のように、「往復で積荷で満載される」であろう市場とは日本は違うのである。これは運輸業界の人には痛切に理解できる「空便」という現状である。これほど致命的な市場としての欠損を西洋が理解していないわけではないのである。
 以上は、政治的に物理的に言える列強にとっての日本の市場としての相対的価値の問題点である。
 これらの指摘を踏まえて、いわゆる明治維新の早急な革命の必要性に関しては、問題提起しておく。
 これは、薩長や維新獅子のいう早急なる日本の革命の必要性を否定する論拠として留めておいてほしい。
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この記事に対するコメント
【2008/10/15 13:25】URL | 冥王星 #-[ 編集]
明治維新論は「冥王星は小惑星なり」の焼き直しです。
ただし、文章については多少加工・変更が行われております。
 大枠として、過去の記事と大差ありません。
ただし、2年の時間的経過によって幕末史に対する偏向性と嫌悪感は深まっています。
 逆に、討幕派志士たちの思想的多様性についての新しい見方
「中央集権的公議会」「地方分権的公議会」
「天皇制限論的立憲制度」「天皇主権論的立憲制度」
と維新志士たちのベクトルの相違点と最終形態としての明治維新の帰着点について再考したものになっています。

尚、すでに記事は完成しておりますが、
今回の文章は、著作権主張する必要性がありますので、多少文面を変更することになっています。

そして、この記事に関して、これまでメールを頂きました関係各位のおかげで、明治維新に関する考察の同人出版を行っているサークルさんに転載されることに相成りました。
同人の文面よりも、ソフトにしたものであり、同人の文面ほど露祥的表現を避けていますが、同人会報の著作もありますので、引用などは、禁止させてもらいます。
 


【2010/12/07 23:42】 | #[ 編集]
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